真夏の出来事

人生・体験談

齟齬(そご)→考えや意見が食い違い、話が噛み合っていないことによる進行の遅れなどを意味する。英語では「Discrepancy」。真夏のある日のそんな体験談を書いてみた。

発端はアイスクリーム

30代の頃。少規模な会社で事務員をしていた夏の日のことだ。自分は朝から虫歯の痛みに耐えつつ、業務をこなしていたが暑さと激痛でフラフラだった。

3時の休憩に同僚A子が「お客様からアイスクリーム頂いたよ!峰子さんの分取っておいたから~。」とカップアイスを差し出してくれたのだが…。うわ。虫歯にアイス…。

自分は涙目で「あー。折角だけどごめんね。虫歯で食べられそうにないから、他の人に回してあげて。」と辞退するしかなかった。

A子は苦痛で顔が歪んでいた自分を怪訝そうに見つめながら「…あ。はーい。」と、アイスを冷凍庫に仕舞った。

業務終了後、歯医者で治療してもらって帰宅後フラフラで横になっていたら、家の固定電話が鳴った。(携帯電話のない時代w)受話器を取るとA子からだった。

A子「…峰子さん、今日絶対に怒ってたよね?私…何か気に障ることを言った?」

自分「?」

冷たい関係?

要約するとこうだ。

頂き物のアイスを峰子さんに持って行ってあげたのに「いらない」と物凄い形相で突っ返された。峰子さんは今日に限ってしかめっ面で冷たかった。私何かしたの?…。とA子、涙声でしゃくりあげ続ける。

自分は頭の中が???でいっぱいになった。「あの!ちょ、ちょっと、待って!」と混乱する頭。歯痛で疼く顔を抑え受話器を握り直しながらなんとか弁明した。

A子はややガサツな性格だが仕事ぶりは真面目。特別親しくもなく仲悪くもなかったと思う。入社時期はほぼ同期だが自分が2才年上だ。プライベートな話も特にせず、挨拶と仕事トークメインのドライな関係。熱くも冷たくもない。

ちなみに固定電話の番号は緊急用に教えあっていたが、かけてきたのは初めてだった。(当時ガラケーもまだない時代)

ラスボスw登場

混乱しつつしどろもどろに説明し誤解を解いてみた。

今日しかめっ面だったのは虫歯の激痛が原因だったこと、アイスを突っ返したつもりはなかったが、ぞんざいな振舞いでイヤな思いをさせて申し訳なかった、取り置きしてくれた人に配慮が足りなかったねごめんなさい…という趣旨を伝えた。

歯というか、暑くて頭も痛くなってきた。

A子は「本当にそう?怒ってないよね?」と念押ししてくる。一応納得してくれた様でホッとするや否や「ちょっと代わりますが」と男性の声がしてきた。

齟齬の嵐

唐突にA子の兄?と名乗る男性がメチャメチャ不機嫌そうにまくし立ててきた。

A子兄「今日の話を聞いたらあんまりじゃないですかね。妹は帰ってきてずっと暗い顔してて。理由を聞いたら呆れるというか怒れて仕方ない。いくら体調が悪いからって関係ないウチの妹に八つ当たりとか…人として終わってますよね?恥ずかしくないですかね?同じ職場で仲良くできないとか最低にも程がある」自分「本当に申し訳ございません…」

上記のやりとりを5回はループしたと思う。最初は妹を溺愛する心配性の兄かと思ったが。どうも飲酒しながら喋ってるみたいだ。なんか話が嚙み合わない。

今思えばただのクレーマー氏だったようだ。あちゃー。A子はA子でクレーマー兄の暴走を止めるでもない。兄妹で一緒に飲んでたんだな…。噛み合わない会話は尚も続く。

毒を以て毒を制す

自分「本当に申し訳ございません」 クレ兄「謝ってもらってもねえ」自分「それではどうしたらいいでしょうか?」「さあ?」クレ兄のグダグダ論理に正論は通用しないと思ったので作戦切り替え。

自分「こんなにご心配おかけして申し訳なく思います。これでは私の気が済みませんのでお兄様とA子さんに直接謝罪させて頂けませんか?今からお宅にお伺いします!」兄妹「は?」

突然の申し出に電話口の向こうは明らかに困惑気味。

クレ兄は「そんなの面倒」「家に来られても困る」「住所は教えたくない」だの若干ゴネたが、こっちが本気と判ると渋々了承した。この時点でこっちのターンになった。

クレ兄「そこまで言うなら10分で来い」自分「わかりました」とA子宅最寄りの公園で待ち合わせ決定。自分家~約束場所まで車で最低20分はかかるから10分で行くのは不可能なんだけど、まあいいや。待たせとけー。

時間稼ぎも作戦のウチ

さて、時間ないので急がねば。

急遽ダンナを招集。事情を説明し待ち合わせに同行要請。ダンナ相当困惑気味だったが、こっちも渋々承諾。ダンナ氏、恰幅がいいのと程よい天然パーマがパンチ風で恐そうに見えなくもない。敵陣に赴くのに丸腰では心許ないし。

ダンナの運転できっかり20分で到着したが、先方のお二方相当待たれたようだ。足元にタバコの吸い殻がいいかんじで積もってた。

自分が後部座席から出てきた瞬間、明らかに「?」っという空気になる。ダンナも続いて運転席から登場。向こうは私が一人で来るものと思っていただろうけど、誰が完全アウェーの敵陣にサポーターなしで行くか。

折角なので夫婦で大げさに「もぉぉぉぉっしわけございませんでしたぁぁぁぁぁ!」と緊急謝罪会見開始。クレ兄、実物は一見普通の人に見えた…けど口を開くと上記のクレームトークを生実況してくれたが、もう先程の勢いはなかった。

そしていつの間にかアッサリ謝罪を受け入れてた。てか、ケンカ出来る相手ではなかったんだな。お疲れ様。ダンナ氏、協力感謝!

相手から学んだことは

一同解散時にはもう険悪ムードは消え去っていたと思う。クレ兄がウチダンナと男同士で話せたのも効果あったし、自分もA子に改めて謝罪しわだかまりは氷塊出来たはずだ、その時は。

だけど、帰宅してから緊張が溶けたのか、涙が溢れて仕方なかった。嗚咽で息が苦しく、歯痛&頭痛とのスペシャルコラボ。暑い夜のせいか自分はまんじりともせず朝を迎えた。週末だったので会社が休日だったのが幸いだった。

しかし、また月曜から狭い空間でA子と顔を突き合わせなければならなかったが、A子自身は全く覚えてなさそうだった。不思議でしようがない…。

「齟齬・そご」という言葉は大人になって初めて聞いたが、実際に身をもって体感すると割り切れないものだ。

兄妹の言い分も決して間違ってはいないし(酔って電話してきたのは論外だが)、自分自身も間違ったことはしてない。なのに暴言に近い反論を前触れもなくぶつけられるとか割に合わない。そのどす黒い想いは何年経っても消えることはなかった。これからもそうだろう。

ただ学べたこともある。こんな民度の低い人間って結構身近に居るもんだな、と。ケンカは話の通じる相手としかしちゃいけない。

♪ 松任谷由実 – 真夏の夜の夢 (松任谷由実 オフィシャルYouTubeチャンネルより)

松任谷由実 – 真夏の夜の夢
熱帯夜に似合う曲(;´Д`)

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